お祓いはあくまで応急処置で悪霊を引き寄せるのは本人の心 No.22

不幸が続いて人生が行き詰まると、何か憑いていると考えてお祓いをしてもらおうと霊能者のもとにかけこむ人がいます。苦しい、悲しいという思いにかられて、藁をもすがる思いで霊能者に見てもらいに行く気持ちはわかりますが、仮に悪霊に取り憑かれていたとしても、実はその場限りのお祓いは解決になりません。本記事ではなぜお祓いでは解決しないかを解説いたします。

悪霊がついているかどうかを確認する方法

霊の存在を信じる信じないに関わらず、現代人の半分以上は悪霊に憑かれていると言われています。確かに悪霊に憑かれると悪い事が起きるようになります。ですが、悪霊に憑かれていなくても人生には雨の日と同じくらい起きるものです。では嫌な出来事が悪霊によるものなのか、単なる偶発的な出来事なのかを見分ける方法とは何でしょうか。

まず、気分です。朝起きてすぐにわけもなく機嫌が悪い状態であったり、なんかイライラするという状態はすでに悪霊が憑いているろいっても良いでしょう。「え!そんな日常的なことで悪霊が憑いてしまうものなの?」と驚かれるかもしれませんね。しかし、これは瞬間憑依といって誰にでもあることなのです。よく、あんな良い人が?と思う人が殺人事件を起こしたりしますが、裏表なく真面目な人でそうなる場合のほとんどは瞬間憑依です。かっとなっている時のことは覚えていなかったり、いけないことをしている、と頭では思いながらなぜか身体が暴力を振るっているとか、罵倒の言葉が止まらないなどといった感覚はほぼ間違いなく悪霊が憑いています。

また悪霊に憑かれた時の傾向としては、普段なら怒らないことに怒りを覚えたり、今まで楽しめたことが急につまらなく感じてやる気がなくなる、といったネガティブな思いが次々と湧いてくる場合も悪霊に憑かれた状態といって良いです。憑かれると、思い浮かぶ事すべてがネガティブだったり、マイナス思考になったりします。こういうマインドでいた時に、アンラッキーなことが起こる場合は悪霊が悪戯しているか、自身の悪い思いや悪い言葉が悪い現実を引き寄せていることがほとんどです。

言葉使いが悪くなるのも悪霊の特徴でもあります。バカ、カス、クソ、などという言葉は悪霊を引き寄せる言葉なので気をつけましょう。また長時間悩みを抱えている時や、謙虚を通り越して「自分なんか・・・」という自己卑下的になる時も悪霊は寄ってきます。こうした明るくいられない心理状態でいると簡単に悪霊に憑かれます。このような時に起こる嫌な出来事は、ほとんど自分の心+悪霊による現象であるといって良いでしょう。自分の気分、機嫌を振り返ればすぐにわかりますし、なにより周囲の人が顔を見てなんとなくわかるものです。

なぜ悪霊が取り憑いてしまうのか

悪霊が憑く理由は、ずばりあなたの心が悪霊を呼んでいるからです。波長同通の法則というものがあり、悪霊と同じ心を持っていると、同じ思いや同じ考えを持った悪い霊とチャンネルが合ってしまって、あなたの心のディスプレイに悪霊と同じものが映り込んでしまうのです。

たとえば普段は真面目で浮気をしないような男性でも、ふと他の女性と遊びたいなんて思ったりすると、誘惑を受けるような出会いに遭遇して「これはいける」なんてその気にんったりすると、霊速と呼ばれる光よりも速い速度で悪霊が取り憑きます。悪霊というのはこの世の欲望に執着している霊で、彼らは肉体がないため特に性欲や物欲を果たそうと思うと生きている肉体を持った人間に取り憑くしか方法がないのです。ですから、性格的に近い人、同じ思いを持っている人がいると、まるで地獄にハシゴをかけられたような感じで駆け上がって取り憑くのです。

その似た者同士が寄り集まるという波長同通の法則と同時に、因果応報の法則もあります。ですから、悪霊に取り憑かれたとしても、犯した行いはそれ相応の報いが来ます。確かにその場は欲望を果たして倖せな気分になるかもしれませんが、後々その浮気が火種となり大きな不幸に見舞われるわけです。芸能人や政治家の不倫事件を見ればその顛末がよくわかるかと思います。

悪霊は仲間が欲しいのです。悪霊も、自分の反省ができず地獄と呼ばれる似た者同士がいる世界で苦しんでいます。生きている人間で自分と共感できる人間を見つけると大喜びで飛びついてくるのです。場合によっては己の欲望を果たすために取り憑くだけではなく、死後自分の仲間を増やすために同じような不幸の道に誘導する霊は多いのです。

人には傾向性があるので、取り憑く悪霊にも常連さんがいます。毎回同じ霊に憑かれる、またはもう何年も居座っている悪霊というのも珍しくありません。そして、ひどい場合は10体くらいも常連悪霊がついている人もいて、そういう場合は当然のごとく不幸の連続になります。人によっては完全に乗っ取られている状態で本人が外に追いやられている場合もあるほどで、そういう人はまず反省ができません。そこまでいくとお祓いに行こうという思いつきすらないでしょう。

悪魔祓い(エクソシスト)は本当にあるのか

普通であれば、考えられないような不幸が立て続けに起こる、病気がオンパレードのように発症する、などで少なからず、なんかおかしいと感じてお祓いした方が良いのでは、と考えるようになるのはある意味まだ良い方かもしれません。しかし、問題はお祓いに行けばすべて解決して事が済む問題かどうかです。

確かにお祓いをできる人もいます。霊が見えて念が強い人などは、念力で弾き飛ばせる人もいることはいます。しかし、お祓いで商売を営んでいる人の中のほとんどはお祓いをする人自身が悪霊憑かれている人であることが多いのです。本当に霊のことがわかっている人であればお祓いが極めて一時的な応急処置に過ぎないことを知っているはずです。前述してきた通り、悪霊が憑く一番要因は本人の心の持ち方なわけですから、その時だけ悪例を吹っ飛ばしてもほとんど意味がないと言っても過言ではありません。それを知っていながらお金を取ってお祓いをするのは詐欺に等しいと言えます。また中途半端な霊能力だと、Aという悪霊は飛ばしたがBという悪霊が憑いたというケースもあります。
腰の痛みはなくなったが、今度は首が痛くなったとか、痛みが取れたのはその日だけ、というパターンもあります。

映画などではヒーローが悪魔祓いを特殊な能力でやっつけるシーンがありますが、実際には悪魔は霊なので死ぬわけでも、消滅するわけでもありません。霊というのは元は生きていた人間です。たとえばあなたの家に強盗が入ってきて、あなたが「誰か助けて!」と叫んだとします。そこで誰かが助けにきて強盗を追っ払いました。しかし、強盗は警察に捕まらず街を徘徊しています。こうした状況で、強盗を追っ払ってくれた人が「◯◯万円になります。」と言ってきたらどうでしょうか。感謝して謝礼としてお金を包む気持ちはわかりますが、助けた側からお金を要求するのはちょっと違和感を覚えるのではないでしょうか。

百歩譲ったとしても、強盗を捕まえて二度と悪さをしないように警察に突き出し、牢獄に入れるまで責任を持ってくれるならまだしも、強盗をただ家の外から追い出しただけで、近くを徘徊しているわけですから危険は回避されていませんよね。またそもそも、被害者が家のドアを開けっ放しにしたり、鍵を閉めていないなど不備がある場合は、またいつでも入ってこれるわけです。この鍵やドアを開けっ放しにしている状態というのが、本人に心の持ち方に当たるのです。

お祓い、除霊の類で商売をするというのは、このようなたとえに近いものがあります。もちろん商売が成り立つ以上、需要があるからですが、霊や法則についての正しい知識がまだまだ現代人に浸透していないために、安易なお祓いに頼ってしまうという図式が成り立ってしまっています。

お祓いにはリスクが潜んでいる

前項で少し触れましたが、お祓いをしている人は霊が見えるのかもしれませんが、霊や霊界のことをどこまで勉強しているのか、どれほど研究しているのか疑問です。本当に霊が見える人は確かに、もの当てと言ってその人しか知り得ないような事を当てたります。家の間取りだったり、過去本人しか知らないエピソードだったり。しかし、それは憑いている霊に聴いていたり、霊視ができるというだけの話なのでただ凄いというだけです。

よく霊視ができる人は、霊視を兼ねて人生相談をしたりしますが、霊が見えることと悟りや人格の高さはあまり関係がありません。もちろん、中には自分に授かった能力を人の役に立てようという善意でやられている方もいますが、本当に悟っている人であれば、霊能力ありきのことはあまり言わないものです。お釈迦様やイエスキリストなどが良い例でしょう。釈迦、キリストはたまに方便で霊能力や奇跡を起こしましたが、人々を救いに導いたのは教えの内容と言葉に宿る悟りの力です。

霊視ができて、自分の過去を当てられると、人間はこの人は自分の事をなんでもわかる人なんだと錯覚します。その錯覚から、今後私はどうすれば良いのかとか、どうなりますか、という依存が始まってしまうのです。この依存が最大のリスクで、本来は自分の心次第で何事も切り開いていける力があるのに、何かあるとすぐ霊能者に見てもらうという、人に頼る癖がついてしまいます。依存癖がつくタイプの人のほとんどが自分の不幸の原因を悪霊のせいにしたり、周りの人のせいにしたり、生い立ちのせいにしたり、環境や所属している組織のせいにします。

霊能者の方も、やたら感謝されたり信仰に近い信頼のされ方をするので自分がすごく偉くなったような気になって病みつきになるのです。ですから、お金を取らない人であっても、そうした満足感などでやる場合もあるでしょう。感謝されているわけですから、自分は良いことをしている、人を救っていると思ってしまっても無理はないかもしれません。しかし、本当に大切なことは一人一人が自分自身で人生を創造する力を持てる方向に導いてあげることです。そうした教えを説かない、もしくはその方向に誘導しないで、私を頼りなさいとリピートさせようとする人はちょっと気をつけた方が良いでしょう。
お祓いをしないで悪霊を撃退する方法
では、そうした霊能力に頼らずに悪霊を撃退したり、悪霊を寄せ付けないようにするにはどうしたら良いか。これは実に簡単なことなのです。結論から言うと、笑顔と感謝さえあれば100%に近い確率で悪霊は近づけません。単純に明るいもの、温かいものが嫌いなのです。自分の心の醜さが浮き彫りにされるような嫌悪感を覚えるので避けたいという本能があります。さらに言えば反省も嫌がります。自己卑下ではなく、まっとうに反省ができれば悪霊は自ら離れていきます。笑顔、感謝に加えて反省をする習慣がつけば怖いものはありません。逆にあなたが笑顔、感謝、反省ができない心理状態だとしたらすでに悪霊が憑いているか、憑依予備軍だと思って下さい。

特に悪霊がもっとも嫌がるのは反省です。悪霊の悪霊たる所以は自分の思いや行いを振り返って自分は良くなかった、と自分の非を認めることができないことです。「人間だからこれくらい仕方ないだろ」「俺は良かれと思ってやってるんだから何が悪い」「悪いのはそっちだ」という開き直りや、居直り、逆ギレなどが悪霊として倖せになれない人の成れの果てになってしまっているのです。ですから取り憑いている人が素直に反省し出すと、嫌で嫌でとても居られなくなります。それが本来の除霊になるのです。

こうしことを言うと「それができないから苦労するんだ」「人の苦しみや気持ちも知らないで」と反論される方もいますが、こうした反論がすぐに言えてしまうところに憑いている所以があるわけです。他人に自分の苦労を同情してもらっても人生は変わりません。自分の気持ちを知ってもらいたいためにお祓いに行くわけでもないはずです。笑顔、感謝、反省は特別なことではなくある意味では当たり前の徳でもあるのですから、普通のことを言われるだけのことに腹を立てているというのはまさしく不平不満、愚痴、悪態、などの悪霊が好む思いです。

また悪霊は努力を嫌います。怠け心は大好きですが、継続や努力というものには寄りつけません。ですから、笑顔、感謝、反省ができないのであれば規則正しい生活を頑張って続けてみて下さい。そしてできるならほんの1m平方の一角で良いので整理整頓することを毎日続けてみてください。人によっては筋トレでも構いません。悪霊は運動や筋トレのような継続が必要な努力に寄りつけません。大好きなのは毎日酒を飲む、博打、賭け事、など律することの反対の楽をして欲をかく、怠ける、人間性の品性を落とすことを好みます。要は悪霊に憑かれ、不幸を異常に多く引き寄せてしまうのはすべて自分の心の持ち方に原因があると思って笑顔で頑張っているだけで簡単に悪霊は離れていきます。

まとめ

悪霊が憑いているもしくは悪霊を引き寄せる基本的な傾向
・わけもなくネガティブな思い、マイナス思考ばかりするようになる
・今まで楽しんでいたことも含めて急に何のやる気もなくなる
・普段怒らないことに怒るようになる、無性にイライラする
・言葉の使い方が変わる(悪くなる・荒くなる)

悪霊が憑いてしまう理由の根本は、自分がその悪霊と同じような心の持ち方をしてしまっていることが原因です。

悪霊を一時的に追い払うくらいはできても、消したり改心させることは基本的には無理と考えて良い。釈迦もキリストも近寄ってきた悪魔を撃退はできても改心させるまでには至ってません。悪魔と悪霊はまた別物ですが、悪霊を諭して成仏に導くのはかなりの労力と時間が要ります。しかも時間と労力をかければ成仏させられるわけでもありません。生きている人間でも価値観や生き方を他人が変えることは難しいですよね。それと全く同じと思って下さい。

お祓いや霊能者に何とかしてもらおうという指向性の心理には、依存癖や依存症の種が潜んでいます。麻薬のようなものだと思って良いでしょう。

悪霊撃退に一番良いのは、笑顔、感謝、反省。さらに継続性のある努力です。最初はどんなに小さなことでも構いません。悪霊は努力や、勉強、律することを嫌いますから、それらのことをしているだけで悪霊が居られなくなるのです。

最近では、ヒーラーやスピリチュアルをビジネスにしている人が、「あなたはそのままで良いのですよ」という言葉を使いますが、これは自分に自信がない人や悩みの中にいる人にとっては非常に救われる言葉であり、確かに他人になろうとしない、自分の個性を大事にすることは倖せの真理ではあります。しかし、そのままで良いというのは自分を磨く努力をしなくて良い、という意味とは似ているようでまったく違うので注意が必要です。

何にもしなくて良いのであれば、この世に生まれくる意味がありません。順風満帆にいかないのが人生で、その中でどれだけ自分を磨けるかを試しに来ているのがこの世なのです。スポーツ選手でいえば試合と一緒です。大相撲で言えば本場所みたいなものです。サッカーで言えばワールドカップみたいな場所なのです。ワールドカップにようやく出場できたのに、決勝の試合中、疲れたら休んでいいよ、あなたはあなただからそのまま好きにしていいよ、などという監督やコーチがいるでしょうか。そんなことを言うとしたら敵チームや敵のサポーターしかいないでしょう。

またボールがどうしても取れないからと言って観客と交替する選手がいるでしょうか。この世がなんのためにあるかを知らないと、そういうことが起きてしまいます。甘いものを食べてばかりいると虫歯になりますが、甘い言葉ばかり求めていると人間が劣化します。行き詰まった時は、初心や原点、基本に立ち返りましょう。

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